- 漬物と風土
漬物には、古くから漬物作りが盛んで、その種類が多い地域があれば、そうではない地域があります。
漬物が発酵する過程においては、温度が欠かせない要素です。じつは漬物の発酵は低い温度で時間をかけて発酵させたほうが良い味に仕上がるからです。高い温度は、漬物の材料を「発酵させる」のではなく、単に「腐らせてしまう」要素にもなります。つまり、気温の高さは漬物作りにはマイナス材料。もちろん、暑い地域でも漬物はできます。しかし、腐らせずに発酵させるためには、殺菌効果のある塩分が寒い地域に比べて余分に必要になります。ならば塩をどっさり…となると、仕上がった漬物はやたら塩辛いだけで美味しくも何ともないものになってしまいます。気候が温暖な地域に漬物文化が育ちにくかったのには、こんな理由もあるのです。
漬物が発酵する過程においては、温度が欠かせない要素です。じつは漬物の発酵は低い温度で時間をかけて発酵させたほうが良い味に仕上がるからです。高い温度は、漬物の材料を「発酵させる」のではなく、単に「腐らせてしまう」要素にもなります。つまり、気温の高さは漬物作りにはマイナス材料。もちろん、暑い地域でも漬物はできます。しかし、腐らせずに発酵させるためには、殺菌効果のある塩分が寒い地域に比べて余分に必要になります。ならば塩をどっさり…となると、仕上がった漬物はやたら塩辛いだけで美味しくも何ともないものになってしまいます。気候が温暖な地域に漬物文化が育ちにくかったのには、こんな理由もあるのです。
漬物は元来、野菜を始めとする食品保存が目的ですから、たとえば雪国で冬の間は作物がまったく採れない地方では、冬の間は野菜に不自由することになります。そこで、冬の間でも野菜を充分に食べられるようにと考えだされたのが野菜を塩漬けにした保存食。すなわち漬物の先祖です。その後、同じ保存食として作るなら、できるだけ美味しく食べたいという気持ちが塩漬けだけでなく、味噌漬け、粕漬け、ワサビ漬けなど多彩な漬物誕生の原動力となっていきました。
逆に、漬物の不作地としての筆頭はというと、それは四国。とりわけ瀬戸内海地域では、古くから人気の漬物というのがありません。これは、四国の気候が温暖な上、外海に比べればずっと波穏やかな瀬戸内海に面しているため。冬になっても雪に閉ざされることが無く、農作物つくりが可能ですし、山の幸などにも寒い地域よりずっと恵まれています。
そのため、四国では昔から有名な漬物というのがありません。もっともこれは、四国が新鮮な食材に恵まれた土地という歴史を経てきたということでもありますが。
ただ、同じ瀬戸内海地域でも、寒い山陰地方と地続きの本州側は、山陰で発達した漬物が伝わり、少なくとも四国側よりは漬物文化が発達したようです。
四国同様に温暖な地域でも、九州地方となるとこれまた別の事情で味噌付け、醤油付けなどの調味料漬けに限り、けっこう多彩な漬物が生まれてきました。これは、暖かさというより暑さゆえ。というのも、暑いといろいろなものが腐りやすくなります。そうした気候の下では、塩漬けの漬物も発酵が進み過ぎておいしく作ることができません。そのため、すでに発酵食品として一度完成されている醤油や味噌、粕などが使われました。そうすることで発酵をゆっくりにすることができたからです。暑い地域には暑い地域なりの工夫。これもまた、先人の知恵と工夫と苦労を大いに感じる事柄ですね。
京都は、内陸盆地で冬の気候が厳しく、海も遠いため保存食を必要とする気候条件がそろっていますが、自然環境以外の大きな理由で漬物が発達しました。それは、室町時代に「聞香」が流行ったことです。
「聞香」とは、香木を燃やし、その香りをかいで香木の名前を当てるという高尚な遊びです。使われる香木の種類は非常に多く、素人では無いも同然の微細な香りをかぎ分けます。一度に何種類もの香木をかげば、敏感な鼻も、香木の香り自体に慣れ過ぎてマヒしてしまいます。そこに漬物の強烈な臭いが割り込めば、鼻がもとに戻るということなのでしょう。「聞香」という文化とともに、漬物も発達しました。
加えて、一度戦乱でもあると一番被害をこうむるのは、都である京都。そうした歴史の中で京都の住人は先祖代々、質素な生活を美徳としてきました。漬物はその精神にもぴたりと合い、さらに都人ならではの文化的気質で美味しい漬物をいろいろと発案します。かくして、今でも京都は日本を代表する漬物どころ。京都観光のお土産に漬物を買って帰った思い出のある方も少なくないのでは?
